11:00- 片山幹生:切山歌舞伎(山口県)
2022年2月14日月曜日
2021年度「現代日本における地域市民演劇の諸相」研究集会
11:00- 片山幹生:切山歌舞伎(山口県)
2021年6月16日水曜日
2021年度日本演劇学会全国大会
2020年11月26日木曜日
オンライン地芝居サミット2020
●13時~
「口上 開演のことば『全国地芝居サミット』ってなんですか
城井智子(全日本郷土芸能協会常務理事 ※全国地芝居連絡協議会副議長)
※全国地芝居連絡協議会(略称 全地連)
本イベント主催(公社)
●13時15分頃~
「日本の原風景 写真で巡る地芝居はじめて紀行」&「地芝居のまち」
山口清文(全国地芝居連絡協議会議長 写真家)
山本正実(埼玉県秩父郡小鹿野町 小鹿野歌舞伎保存会副会長)
「町じゅうが役者」の埼玉県小鹿野町。江戸で修業を積んだ初代 坂東彦五郎が帰郷後、近所の若者に歌舞伎を教えたのが始まりで、
山口清文さんは新聞社を退職後に小鹿野町へ移住。
山本正実さんは、小鹿野町教育委員会社会教育課で、
今回の「写真で巡る地芝居はじめて紀行」は、
各地を実際に訪れたからこそ語れる、
●14時10分頃~
「体験、地歌舞伎ガイドツアー!」
足立伊公子(地歌舞伎案内人&
岐阜県は全国最多30を超える団体が活動する「地芝居王国」。
足立さんは、そんな地芝居王国の歌舞伎保存会の役者であり、
●15時頃~
「親子で役者!教えて祇園座さん―子ども歌舞伎編―」
鎌田義美(香川県高松市 祇園座保存会)
鎌田紋妃(香川県高松市 祇園座保存会 子役 中学1年生)
香川県では、小豆島の農村舞台がある肥土山と中山、
●16時15分~
「ここだけのはなし 地芝居あれこれ談義」
今回の登壇者勢揃い、主催の(公社)全日本郷土芸能協会と、
※地芝居ポータル(https://
インターネット上に、
蒲池卓巳
地芝居ポータル代表。
北河直子
中野区立歴史民俗資料館学芸員。
舘野太朗
民俗芸能学会理事。
令和二年度民俗芸能学会大会
民俗芸能学会の大会はオンラインで開催します。
僕はフォーラム第二部に出演します。
会員でなくても参加できます。詳しくは民俗芸能学会のホームページをご覧ください。
令和2年度大会
本年度はコロナ禍の影響のもと、会員の皆様の健康を第一と考え、下記の通りオンラインでの開催となりました。お手数をおかけすることになりますが、どうぞふるってご参加いただきますようご案内申し上げます。
開催日時 令和2年12月12日(土)午前 9:20 ~ 午後 5:10
プログラム
【開会挨拶】9:20 ~ 9:30
民俗芸能学会代表理事代行 山路興造
【研究発表】 9:30 ~ 12:10
近藤大知「遠山霜月祭の継承と『木沢霜月祭り野郎会』」
大山晋吾「南九州の神楽における「金山」「宇治」舞の意味」
矢嶋正幸「五行神楽と岩戸開き」
福原敏男「「山・鉾・屋台」と山車」
※総合司会がオンライン発表・質疑応答についてアナウンスを行います。
※発表者・参加者ともにオンライン会議システム Zoom を使用します。
【本田安次賞授与式】13:20 ~ 13:30
【フォーラム「民俗芸能をつなぐ/民俗芸能研究をつなぐ」】
〔第一部〕13:30 ~ 15:00
各地の会員をつなぐ―民俗芸能と研究の現況―
聞き手:大石泰夫、髙久舞 話し手:各地の会員
〔第二部〕15:30 ~ 17:00
民俗芸能のネットワーク組織と研究者―これまでとこれから―
司会:舘野太朗
コメンテーター:久保田裕道
パネリスト:南信州民俗芸能継承推進協議会・小川直之
神奈川県民俗芸能保存協会・大谷津早苗
山形県の事例・菊地和博
※登壇者は Zoom を使用します。参加者は Youtube Live で視聴します。
※フォーラムのアーカイブ動画を大会終了後に学会ホームぺージで期間限定公開します。
【閉会挨拶】17:00 ~ 17:10
大会実行委員会委員長 大石泰夫
お申し込み方法
お申込み締切:12月4日(金)
参加申込フォームまたは葉書をご用意いただきお申込みください。
※葉書でのお申込みの場合、①氏名 ②メールアドレスをご記入のうえ「民俗芸能学会 大会実行委員会」(〒169-0051 東京都新宿区西早稲田1丁目6−1 早稲田大学演劇博物館内)までご郵送ください。
※研究発表・フォーラムの当日資料は原則としてお申込みいただいたメールアドレスにお送りいたします。紙媒体で郵送をご希望の方はお申し込み時にその旨を明記してください(会員のみ)。
参加費
会員:無料 非会員:500円
※非会員でお申込みされた方に振替用紙をお送りいたします。入金が確認され次第メールで当日資料をお送りいたします。
オンライン大会にあたりご留意・ご協力いただきたい事項
お申込み時にいただいたメールアドレスに ① Zoom のミーティング情報(URL、ID、パスコード) ② Youtube LiveのURL ③当日資料 ④その他 について 12 月 10 日(木)にお送りします。なお、郵送をご希望の場合、お届け日が前後する場合がございます。オンライン会議システム Zoom の使い方については「Zoom ヘルプセンター」に掲載されている紹介ビデオなどをご参照ください。
※Google Chrome、Firefox、Microsoft Edge の利用が推奨されます。
発表資料等の取扱いに関する注意
発表要旨、オンラインで使用するスライドや動画、配布資料等の著作権は発表者に帰属します。断りのない再配布、二次利用は禁止とします。また、オンラインによる学会発表は、著作権法上の「公衆送信」(自動公衆送信による再送信)に相当すると考えられます。発表者は使用するスライドや動画に著作権侵害がないことをご確認ください。
本田安次賞授与式
コロナウイルス禍の中、令和2年度の通常形態での大会・総会は中止となりましたが、オンライン大会を開催することとなりました。例年総会の前に本田安次賞の授賞式を執り行なって参りました。本年度につきましては、異例のことではありますが、オンライン大会の中で、本田安次賞授与式の動画を配信することとなりました。
※公開期間:12月12 日(土)~12 月 19 日(土)
お問い合わせ
電話またはメールで学会事務局までお問い合わせください。
※【会員の皆様へ】お送りした案内の「本田安次賞授与式」動画について誤ったQRコードでお送りしてしまいました。12月10日(木)にお送りする当日資料にて訂正させていただきます。
民俗芸能学会令和2年度オンライン大会実行委員会
大石泰夫(委員長) 伊藤純、小川直之、神田竜浩、高久舞、舘野太朗
2019年9月30日月曜日
2019年度日本演劇学会研究集会
2019年度 日本演劇学会 研究集会
テーマ:「演劇と風土」
◆日時:2019年10月5日(土)‐6日(日
◆会場:西和賀町文化創造館 銀河ホール・ぶどう座稽古場
〒029-5511岩手県和賀郡西和賀町上野々39地割195番地2(JR北上線「ほっとゆだ駅」から徒歩4分
◆研究集会参加費:1500円
詳細はこちらから。
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2019年8月15日木曜日
突然座談会-3
スピーカー:舘野太朗、羽鳥嘉郎(けのび)、良知暁
コメント:関美能留(三条会)
司会:向坂達矢
日時:8/17[土] 19:30-
会場:手当(墨田区亀沢3-12-7)
入場料:¥1000+1drink
お盆、未だ知らぬ演劇の領野に踏み出してみませんか。
スピーカーが2019年の上半期に観劇した公演を、資料とともに振り返り、ざっくばらんに語り合います。
取りあげる上演:
赤門塾演劇祭、OiBokkeShi『ポータブルトイレットシアター』、ラビア・ムルエ『歓喜の歌』、たんぽぽの家『だんだんたんぼに夜明かしカエル』、秋の嵐『さよなら、ヒロヒト』、川崎郷土・市民劇『日本民家園ものがたり』、「演劇台本作成A.I.」、春風ひとみ『壁の中の妖精』、劇団東演『まだ今日のほうが!』、劇団ダンサーズ『動員挿話』、たつみ演劇BOX「仙太郎纏」、立教大学映像身体学科 羽鳥ゼミ『革命女性』、アリの街実行委員会×自由の翼『風の使者ゼノ』、兵庫県劇団協議会『大正七年の長い夏』、ほか
詳細はリンクを参照ください。
2019年6月12日水曜日
『ぼくらのハムレットができるまで』 上映会+関係者座談会

山本良子監督『ぼくらのハムレットができるまで』(2004年・46分)の上映会と、山本監督と赤門塾の創立者で哲学者の長谷川宏氏、現塾長・長谷川優氏のお三方を迎えての座談会です。
ヘーゲルの研究・翻訳で名高い長谷川宏氏は、地元・所沢で小・中学生を対象とする学習塾・赤門塾を開いて50年近く、毎年3月にその教室を会場に演劇祭を行ってきました。出演するのは塾生とそのOB・OGで、なかには十数年にわたって出演してきた人もいます。
学習塾で行われる演劇祭に興味を持った山本監督が撮影したドキュメンタリー「ぼくらのハムレットができるまで」を観た後、学校以外の教育現場における演劇上演の意義と可能性について3人からお話を伺います。
日時 2019年6月22日(土) 13:00~16:00
場所 成蹊大学4号館ホール
登壇者
山本 良子(監督)
長谷川 宏(赤門塾創立者、哲学者)
長谷川 優(赤門塾塾長)
司会:片山幹生(早稲田大学)
受講無料
申込不要
詳細は成蹊大学のホームページをご覧ください。
2019年5月5日日曜日
藝術学関連学会連合 第14回公開シンポジウム
詳細は藝術関連学会連合のページをご覧ください。
藝術学関連学会連合
日本学術会議 協力学術研究団体
第14回公開シンポジウム
アマチュアの領分
過去・現在・未来


2019年6月8日(土)13:00-17:00
国立国際美術館 大阪府大阪市北区中之島4 -2-55
主催:藝術学関連学会連合
プログラム
13:00 開会の言葉 藤田治彦|藝術学関連学会連合会長
共催者挨拶 山梨俊夫|国立国際美術館館長
全体の趣旨 鈴木禎宏|意匠学会|お茶の水女子大学
第1部 アマチュアの歴史 13:20-14:40
歴史においてアマチュアが果たしてきた役割について考えます。異なる芸術分野ごとの事情の違いに気づくとともに、歴史においてアマチュアがいかなる存在であったのかについて理解を深めます。
13:25 照らされたドメスティック・クラフツ
山﨑稔惠|服飾美学会|関東学院大学
13:40 農民美術におけるアマチュアの性質
石川義宗|日本デザイン学会|長野大学
13:55 〈芸術家〉になれなかった山下清
服部 正|美術史学会|甲南大学
第2部 アマチュアの現在 15:00-16:20
アマチュアをどう養成していくか、アマチュアはどう発生するか、プロ-アマの構図をどう見直していくのかといった問題点について議論します。各芸術分野がいま現在かかえている問題について比較検討をおこないます。
15:05 地芝居に見る〈アマチュアの領分〉
舘野太朗|日本演劇学会|横浜いずみ歌舞伎保存会
15:20 ポップカルチャーから見る〈よさこい系〉
秋庭史典|美学会|名古屋大学
15:35 プロ/アマの境界のシフトと社会的認知のズレ
神野真吾|美術科教育学会|千葉大学
第3部 アマチュアの未来 16:30-17:30
専門家集団である学会はアマチュアについて真剣に語ってきたでしょうか。現実においてプロはどれほどアマチュアと区別されるのでしょうか。芸術文化の根本にかかわる問題に切り込み、未来の芸術文化の担い手について考えます。
17:25 閉会の言葉 貫成人|藝術学関連学会連合副会長|専修大学
17:30 終了
地芝居に見る〈アマチュアの領分〉
舘野太朗|日本演劇学会|横浜いずみ歌舞伎保存会
歌舞伎は都市部のみならず、村落部においても村芝居として享受されてきた。村芝居は一座を買ってくる買芝居(かいしばい)と、素人の住民がみずから演じる地芝居(じしばい)にわけることができる。地芝居であっても、振付(演出)や音楽の演奏には、専門技術をもつ「プロ」が関わっていることが多い。「プロ」が担っている役割から、地芝居における「アマチュアの領分」を明らかにしたい。
民俗芸能学会第174回研究例会
「由來八幡宮姫之飯神事の検討」
発表者:小島美子、上西律子、茂木栄
司会:舘野太朗
日時:令和元年5月25日(土)14:00~
場所:早稲田大学演劇博物館レクチャールーム(6号館3階)
※参加費200円(会員でない方も参加できます)
要旨:
由來八幡宮は島根県出雲地方の最西南端、中国山地にさしかかった所の飯南町頓原にあり、『出雲國風土記』には田倍社の名で記されている。毎年11月7日に姫之飯神事という祭が行なわれる。拝殿の中に設けられた舞殿の前面に、小さな俵2個を1組にしたものが3組並べられ、その上に白幣をたて、根つきの稲を4杷ずつ置く。禰宜が巫女の姿で登場し、再拝拍手した後、長い担(にな)い竹をとって四方に舞う。担い竹の両側に小俵の上の12杷の稲束をかけ、両手で持って舞う。正面の案(机)の下に置いた火吹竹などを持って舞い、案の上に置いてあった玄米を蒸したり餅をつくなどの仕ぐさをし、中から餅をとり出して正面や前面の小俵の上に置く。小俵の上の幣を取り、両手にもって舞って終わる。
この前に御旅所往復などのはなやかな神幸行列などもあり、翌日には次の頭(とう)屋(や)を決める頭渡し神事が行なわれる。
この姫之飯神事より早く10月の中頃に、その年の頭屋の田で稲刈を行ない、神事を行なった後、刈った稲を乾燥し脱穀し、それを姫之飯神事の前面に置いた3組の小俵に詰めておく。ただ12杷の稲だけは、担い竹にかけるために残し、他は神饌に充てる。
さらにその前に注連おろしという儀式があり、田に1間四方の四隅に笹竹を立て、その正面に案を置きその上に御霊代宮という小さな宮を置いて神事を行なう。この神事では降神はするが、昇神はやらない。つまりこの小宮は稲霊を祀っているのである。
また姫之飯神事で重要なのは、古くから伝えられてきた神饌で、玄御供(玄米の小豆飯)、里芋、ヤグサ餅(蚕に似せて作った餅)の3種を必ず一の膳として供えることである。これらは水田稲作が行なわれる前の稲作以前のものを大切に祭りつづけているということである。それをつづけられたのは、一つは中央から遠く圧力がかかり難かったということが考えられるが、もう一つはそれを支える頭屋制がしっかりしていたことであろう。
この地の米は大国主命によって広められたと伝承されている。蚕もあり、そして里芋は南方に起源をもつ。この神事は複数の文化の複合の証左として考えられる。
「姫之飯神事」の本義を稲、儀礼、音楽、祭具類から検討したい。
2019年1月17日木曜日
芸能文化研究会第12回研究会

第12回研究会を下記の通り開催いたします。
日時: 2019年3月9日(土)14:00~
於 :早稲田大学戸山キャンパス39号館4階 第4会議室
(新宿区 戸山1−24−1)
報告1:舘野太朗
「笹原亮二「ある民俗芸能家の肖像―永田衡吉の仕事を巡って―」を読む」
笹原亮二「ある民俗芸能家の肖像―永田衡吉の仕事を巡って―」は、民俗芸能研究の会/第一民俗芸能学会(以後、「第一」と表記する)で行われた報告をもとに、『藤沢市史研究』25(1992年)に発表された論文である。のちに笹原亮二『三匹獅子舞の研究』(2003年、思文閣出版)にも収録されている。永田衡吉(1893~1990)は、劇作家として活動するかたわら、小寺融吉とともに「民俗藝術の会」の幹事を務めるなど、草創期から民俗藝能の研究と実践に関わってきた。太平洋戦争後の民俗藝能研究をリードした本田安次(1906~2001)よりもひとまわり年長であり、生涯、劇作家を名乗り続けた永田は、「正しい民俗芸能研究」の確立を目指した「第一」からすると、格好の標的であったのかもしれない。本報告では、民俗藝能の実践に着目して、笹原による永田批判の再検討を行いたい。
報告2:小林敦子(明治大学アジア太平洋パフォーミングアーツ研究所)
「観光化されなかった「阿波おどり」-「津田の盆踊り」の位置づけの変遷―」
「阿波おどり」は、徳島市中(城下町)の盆踊りに昭和初期からの観光政策によりつけられた呼称である。元来は盆の時期になると老若男女が様々な集団を組み、にぎやかなお囃子に合わせ踊りながら通りを練り歩く形式であった。徳島県内の吉野川に沿った地域にも、徳島市中の盆踊りと同様の盆踊りが行われていた。「阿波おどり」は観光政策により観客に見せるショウとなり、即興的な自由な踊りから、「女踊り」および「男踊り」という様式が確立し、踊りの動作を揃え、様々なフォーメーションを組む群舞となった。吉野川地域の盆踊りも、また戦後に全国約60カ所で取り入れられた「阿波おどり」祭りでも、市中の「阿波おどり」が手本とされている。
この中で徳島市東部沿岸の津田地区の「盆(ぼに)踊り」(注:「ぼに」は方言)は特異的で あり、市中の盆踊りの観光化に追随することなく、戦後も機知に富んだ唄と自由な踊りが伝承されていた。しかし津田地区の住民も次第に市中の華やかな「阿波おどり」に参加するようになり、昭和40年代には衰退した。その後民俗芸能保存政策の潮流により昭和61年に保存会が結成され、津田地区を中心に盆の時期だけではなく各種イベントで公演を行っている。保存会の結成時には津田地区の風習を基に海難事故で亡くなった人の霊を呼ぶ儀式が構成され、踊りの前にはこの儀式が行われており、「津田の盆踊り」は精霊踊りと位置付けられ、ショウ化した「阿波おどり」で失われた信仰を保持していると表象されている。本発表では「阿波おどり」の変容に伴う「津田の盆踊り」の位置づけの変遷をたどり、民俗芸能の機能について考える。
議論への積極的な参加を歓迎します。
事前に以下のアドレスまでメールをいただけると幸いです。
geinoubunka〇gmail.com(〇を@に変えてください)
2018年12月11日火曜日
神山彰編『興行とパトロン』

興行とパトロン
近代日本演劇の記憶と文化 7
神山彰[編]
A5判/368頁
本体4600円(+税)
ISBN978-4-86405-135-4
C1374
2018-12
近代日本演劇
舞台を支える影の力学
興行師やパトロンなどの複雑な人的交流によってつくられる「近代演劇」。開化と改良の時代から現代まで、企業資本や政財界人による近代的な整備や関与の一方で、興行師、花柳界、小芝居や村芝居など、興行をめぐる多層的世界をさぐる。
興行の夢と現実とは──。
[Ⅰ 総論]
第1章 「夜」の演劇史──興行とパトロンの世界=神山彰
[Ⅱ 「開化」と「改良」の時代]
第2章 鳥熊芝居と小芝居と=佐藤かつら
第3章 歌舞伎座そして田村成義=寺田詩麻
[Ⅲ 近代化の光と影]
第4章 松竹と東宝──関西資本の東京進出=神山彰
第5章 見物から鑑賞へ──花街の連中、惣見、役者買=岩下尚史
第6章 京阪神のパトロン=河内厚郎
第7章 根岸興行部と浅草芸能の変遷=原健太郎
[Ⅳ 近代産業とモダン文化]
第8章 鉄道と保険──帝劇から日生劇場まで=神山彰
第9章 緞帳の調製と百貨店──進上幕の近代=村島彩加
第10章 中山太陽堂と小山内薫──化粧品会社と近代日本演劇の一側面=熊谷知子
第11章 企業が〈演出〉する渋谷の劇場文化──東横/東急とパルコの場合=後藤隆基
[Ⅴ「中央」と「村」と]
第12章 パトロンとしての国家権力──原敬内閣における「国民文芸会」と「大日本国粋会」=木村敦夫
第13章 相模の團十郎」たち──村芝居の興行=舘野太朗
2018年6月20日水曜日
芸能文化研究会第十回研究会
来聴歓迎いたします。事前に以下のアドレスまでメールをいただけると幸いです。
geinoubunka〇gmail.com(〇を@に変えてください)


日時:2018年7月1日(日) 14:00~
於 :早稲田大学人間総合研究センター分室(27-8号館)
(〒169-0071 東京都新宿区戸塚町1-101 高田牧舎2F ℡03-3203-0363)
報告1:半戸 文 (國學院大學大学院文学研究科日本史学専攻博士課程後期)
「芸妓のもてなしと芸―1920年代から30年代を中心に―」
芸妓や花街は江戸時代に誕生したものであり、近代以前の伝統的なイメージをもたれているが、近代において大きな発展を遂げたという事実はあまり知られていない。東京において芸妓の需要が高まったのは、東京に集中する政治家や財閥などの富裕層が積極的に利用したこと、また大都市において庶民の娯楽消費が拡大したためだと考えられる。昭和戦前期の東京では、都下50程度の下町(旧市街)や、山の手(新興地域)から小規模町村に至るまであらゆる地域で営業を行っていた。
本報告では、花街を遊興空間(飲食を含む娯楽空間)、芸妓を接客業従事者として位置付け、東京における芸妓の職掌とその特徴を明らかにすることを目指す。芸妓の本来の職掌は、宴席にて芸を演じて客をもてなすことである。そのために必要な芸の基礎的な習得過程と、さらに上級的な習得過程について、三味線音楽を中心に事例を取り上げて実態を明らかにしたいと考える。
さらに、明治期後半からカフェが出店をはじめ、徐々にカフェの女給は同じ接客業者として、芸妓の競合相手と目されるようになる。時代のニーズと都市の発展による娯楽の多様化に伴い、芸妓のもてなしのあり方も変化する中で、芸に特化した芸妓と、女給同様の芸妓に分岐していった背景とその流れを示すことを目指す。
報告2:松岡 薫 (筑波大学博士特別研究員)
「俄の演技にみる反復性と一回性―熊本県南阿蘇地方を事例に―」
俄(にわか)とは、どのような芸能なのか。
芸能辞典で調べると、「素人の即興芝居」(郡司正勝1952「俄」国劇向上会編『藝能辞典』東京堂出版)や、「即興で思いついた芸能」(宮田繁幸2010「にわか」神田より子・俵木悟編『民俗小辞典 芸能』吉川弘文館)だと説明される。また、郡司正勝はその著作のなかで、俄について「にわかに仕組んだ、つまり即興劇」であり、「一回切りの、二度とはやれないという「一回性」」が俄の本質だと述べる(郡司正勝1977『地芝居と民俗』(民俗民芸双書58)岩崎美術社)。このように、「即興的」で「一回的」な演技であることが俄の最大の特徴だと、これまでの研究では強調されてきた。
しかしながら、発表者が長年調査を行ってきた熊本県阿蘇郡高森町で演じられる俄は、半月間にわたる稽古期間を経て演じられるものであり、その演目内容や、俄の特徴である最後の「落とし」は、上演の場での思いつきや即興で演じられるものではない。さらに、上演の前後に述べられる「口上」や「御花の披露」は決められており、「落とし」の場面でも定型的なやり取りが観察できた。確かに高森町の俄でも即興的で一回的な演技が指摘できるが、他方で同一の演技を反復的に演じている点も指摘できる。つまり、こうした一回的な演技と反復的な演技が、俄の演技を構築しているといえる。
本発表では、熊本県高森町で演じられている俄を事例として、上演の場において演者たちがどのように俄が演じているのかを、祭礼での上演の観察から分析する。さらに、俄の演技がいかに作られ、習得されているのかを明らかにするため、稽古の場にも注目する。最後に、これらの分析から俄の演技にみる反復性と一回性について検討したい。
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2018年2月13日火曜日
渋谷学研究会「民俗芸能の舞台公演―その歴史・意義―」
國學院大學のサイトも見てください。

國學院大學21世紀研究教育計画委員会研究事業「地域・渋谷から発信する共存社会の構築」
平成29年度渋谷学研究会「民俗芸能の舞台公演―その歴史・意義―」
日時 | 平成30 年3 月15日(木) 13:30 ~ 17:30
会場 | 國學院大學渋谷キャンパス 5号館 5301教室
「折口信夫と民俗芸能上演」 小川 直之(國學院大學教授)
「民俗藝能の大正 —民衆藝術・ページェント・郷土舞踊—」 舘野 太朗(大阪市立大学都市文化研究センター研究員)
「郷土を離れてお祭り広場へ —全日本郷土芸能協会の成り立ちと現在—」 小岩秀太郎(公益社団法人全日本郷土芸能協会)
コメンテーター茂木 栄(國學院大學教授)大石泰夫(盛岡大学教授)
【お申し込み】
下記連絡先(E メールまたはFAX) にお申し込みください。その際、「渋谷学研究会参加希望」とご明記のうえ、(1) 住所、
(2) 氏名、(3) 電話番号をご記入ください。
E-mail: shibuyagaku@gmail.com
FAX:03-5466-9237(國學院大學研究開発推進機構事務課)
●お問い合わせ先
國學院大學研究開発推進機構事務課 ℡03-5466-0104
*承った個人情報は、國學院大學が主催する
イベントに関する案内等にのみ使用します。
芸能文化研究会第九回研究会
来聴歓迎いたします。事前に以下のアドレスまでメールをいただけると幸いです。
geinoubunka〇gmail.com(〇を@に変えてください)
黛友明(神奈川大学国際常民文化研究機構共同研究者)
小泉優莉菜(博士、歴史民俗資料学、公益財団法人 ポーラ伝統文化振興財団学芸員)
報告1:黛友明(神奈川大学国際常民文化研究機構共同研究者)
「「素人」と「専業者」を分つもの、繋ぐもの」
民俗芸能についての定型的な説明のひとつに、「専業者ではない素人(農民)の芸能」というものがある。これは、能や歌舞伎といった伝統芸能でも、落語や講談、浪花節といった大衆芸能でもないものというニュアンスを含んでいる。ただ、芸能史と不可分に成立してきた民俗芸能研究では、実際には、生活の糧を得るための「専業者の芸能」も射程に入れたうえで調査研究が進められてきた経緯もある。歴史的にみれば、多様な宗教者や芸能者が各地の民俗芸能の成立に関与してきたことは否定できないため、それは当然のことであった。だが、そうなると、「素人」と「専業者」という枠組みが、逆に足枷になるのではないかとも思えてくる。
もちろん、「素人の芸能」という言い方は、便宜的なものであり、わかりやすく対象を研究者以外にも伝えるために有効なものだろう。だが、そうであるがゆえに、何となく人びとを納得させてしまう、民俗芸能という言葉のイメージと問題点が、凝縮して表れているのではないか。
本発表では、発表者が継続してきた「専業者の芸能」である、伊勢大神楽を取っ掛かりとしながら、「素人の芸能」という説明を「民俗」という概念との関係で理解しながら、芸能文化に対する民俗学的な研究のあり方について考えるための問題提起としたい。
報告2:小泉優莉菜(博士、歴史民俗資料学、公益財団法人 ポーラ伝統文化振興財団学芸員)
「かくれキリシタン信仰再考―オーラル・ヒストリーを視座として―」
「かくれキリシタン信仰」と聞くと、多くの人は、江戸期の弾圧や処刑、踏み絵などを思い浮かべるだろう。しかし、この信仰は過去の遺物ではなく、現代においても綿々と受け継がれている。発表者は今までの研究の中で、高度経済成長や世界遺産登録活動が、信仰形態に大きな影響をもたらしていることを明らかにした。現代の伝承者の語りに耳を傾けると、われわれが「キリシタン」という言葉に抱いてきた「血生臭く神秘的」なイメージの裏には、より現実的な生活の営みがあったことを知ることができる。本発表では、今までの研究を振り返り、オーラル・ヒストリーが、「かくれキリシタン信仰」に対するイメージの再考を促す有力なアプローチであることを示す。
2017年11月14日火曜日
平成29年度 歌舞伎学会秋季大会
平成29年度 歌舞伎学会秋季大会
12月9日(土)
会場:早稲田大学27号館 地下2階 小野記念講堂
12:30受付開始、13:00大会開始
12月10日(日)
会場:早稲田大学27号館 地下2階 小野記念講堂
9:30受付開始、10:00大会開始
参加費:会員1000円、非会員1500円
懇親会費:6000円
地方巡業で評判となっていた雪之丞一座がついに江戸の中村座に出演する。美空ひばり版『雪之丞変化』はそんな場面から始まる。当時の観客は、劇中劇に出演した市川少女歌舞伎を重ねて見ていたのではないだろうか。市川少女歌舞伎は太平洋戦争後に愛知県豊川市で結成された少女だけで歌舞伎を演じる劇団である。祭礼や地方劇場への出演を経て、1953年2月に三越劇場への出演を果たした。以後、10年弱にわたって、あらゆる商業演劇に伍して、東西の大劇場で公演を行った。
本発表では市川少女歌舞伎のレパートリーを検討する。大劇場進出前から義太夫狂言を中心に豊富な演目を上演していた。例えば、浜松座で1952年7月から9月にかけて行った長期公演では、「十二の替わり」まで演目を入れ替えることができた。東京初出演となった三越劇場公演では昼夜通してすべての演目が義太夫狂言であったが、大劇場には馴染まなかったようだ。以後、劇団はレパートリーの拡充に力を入れる。市川三升、市川海老蔵をはじめとして、市川寿海、尾上松緑、藤間藤子など一線級の指導者のもと、歌舞伎十八番である『勧進帳』、『鳴神』をはじめとして、舞踊、新歌舞伎、新作を取り入れ、地芝居や小芝居と一線を画する演目を揃えていった。
近年の演劇研究では、「女役者」や「少女歌劇」の存在が注目されるようになってきたが、市川少女歌舞伎については基礎的な情報すら知られていない状況にある。今回の発表を少女歌舞伎研究の第一歩としたい。
2017年10月29日日曜日
2017年度日本演劇学会研究集会 テーマ:演技術からみる身体
◆日時: 2017年11月4日(土) ・5日(日)
◆会場: 愛媛大学城北キャンパス (〒790-8577 松山市文京町3)
詳細はこちら。
日時:11月4日13:30~
会場:M32教室
パネル:素人演劇の身体性
日比野啓(成蹊大学)
片山幹生(早稲田大学)
畑中小百合(大阪大学)
舘野太朗(大阪市立大学)
2017年9月27日水曜日
芸能文化研究会第八回研究会
来聴歓迎いたします。事前に以下のアドレスまでメールをいただけると幸いです。
geinoubunka〇gmail.com(〇を@に変えてください)


日時: 2017年10月15日(日)14:00~
於 :早稲田大学人間総合研究センター分室(27-8号館)
(新宿区戸塚町1-101 高田牧舎2階)
発表者:曽村みずき(東京藝術大学大学院)、矢嶋正幸
報告1:曽村 みずき (東京藝術大学大学院)
「薩摩琵琶の音楽構造―鶴田流を中心に―」
薩摩琵琶は、明治時代以降の東京進出により普及していった近代琵琶楽の一つである。薩摩琵琶には大きく分けて四流派(正派・錦心流・錦琵琶・鶴田流)があり、分派を経て成立した。本発表は、薩摩琵琶の複数流派の楽曲分析を通して、薩摩琵琶の音楽構造を体系化することを目的とする。
楽曲分析では、最も新しい鶴田流を中心に、錦心流、錦琵琶の三流派を対象とする。鶴田流は錦琵琶から分派して成立したが、その一方で音楽的には錦心流に立ち返ると指摘されてきた。この三流派を分析対象とすることで、流派の変遷や流派同士の関係性をより具体的に提示し、鶴田流での改革を明らかにする。
音楽構造の分析では、これまで中世・近世の語り物音楽の構造分析に用いられてきた「積層分析」および旋律句におけるフシの特徴を示す三分類「吟誦・朗誦・詠唱」に着目する。「縦」の音楽実態を示してきた積層分析へ、「横」の特徴にあたる旋律句の定型分類を併行することで、薩摩琵琶の音楽構造を概括的かつ詳細に捉えることを試みる。
報告2:矢嶋正幸
「国家に要請された民俗芸能―大正天皇悠紀斉田について―」
愛知県岡崎市の無形民俗文化財となっている「大嘗祭悠紀斉田」は、大正天皇の大嘗祭に当たって悠紀斉田に選ばれた岡崎市六ツ美の田植え歌・田植え踊・装束及び用具・記録が一括して指定されたものである。現在も6月になると悠紀斉田跡地では「六ツ美悠紀斎田お田植えまつり」が開催され、統一した衣装に身を包んだ早乙女たちの歌と踊りとともに田植えがおこなわれている。この田植え歌と田植え踊は、もともとこの地に伝承されたものではなかった。大嘗祭に合わせて新しく作られたものである。平安時代の大嘗祭では悠紀・主基それぞれの風俗舞が舞われていた記録があるが、田植え踊をしていたという記録はない。つまり近代に入って新しく作られた風俗なのである。なぜこのような新しい芸能の創作が要請され、現在まで伝承され続け、文化財にまで指定されるようになったのか。近代という時代性にスポットを当てながら明らかにしていきたい。
2017年5月15日月曜日
民俗芸能学会 第165回研究例会
コメンテーター:中村規・神田竜浩
司会:神田より子
参加費:200円(会員でない方も参加できます)
日時:平成29年7月1日(土)午後2時~4時50分
場所:早稲田大学演劇博物館レクチャールーム
【要旨】
今回の発表では、神奈川県の事例を中心に、村芝居の現況、担い手や上演の変化、将来への見通しと課題についてお話ししたい。
村芝居とは、祭礼等の機会に村落で上演されるかぶき芝居である。そのうち、村落の住民がみずから演じるものを地芝居、外部の劇団や近隣の住民を招聘して上演するものを買芝居と呼ぶ。村芝居を請け負う劇団は太平洋戦争後に姿を消し、現在では村芝居と地芝居がほぼ同義となっている。現在、地芝居を上演する団体は全国に200件ほどあるが、江戸時代から連綿と上演が続いている団体は希で、多くの団体が中断と復活を経験している。
神奈川県では、1800年頃には既に地芝居が上演されていた。明治以降は買芝居が優勢となり、神楽師の流れをくむかぶき専門の劇団が1970年頃まで活動した。その後、県下の村芝居は、海老名市大谷地区の地芝居を残して行われなくなるが、1990年代以降、各地で地芝居の復活がなされ、現在は、海老名市の大谷歌舞伎、相模原市緑区の藤野歌舞伎、綾瀬市の目久尻歌舞伎、横浜市泉区のいずみ歌舞伎、座間市の入谷歌舞伎の五団体が活動している。大谷歌舞伎を除く四団体では祭礼の場を離れて、公共ホールで公演が行われている。また、義太夫狂言の上演に不可欠な竹本は全団体で外部から演奏家を招聘している。
現在の村芝居は民俗藝能の範疇で議論されうるものなのだろうか。浅野久枝は「創り上げられる「山の芸」―長浜曳山祭・奉納子供歌舞伎にみる町衆の心意気」(『民俗芸能研究』61、2016)において、「地元以外の指導者を招聘する地芝居すべてが民俗芸能かどうかは言及しないが、少なくとも長浜曳山祭で上演される子供歌舞伎は、「山の芸」という民俗に裏打ちされた芸能である」としている。守屋毅「地狂言の終焉」(角田一郎編『農村舞台の総合的研究』、桜楓社、1971年)を参照しながら、私見を述べたいと思う。
舘野太朗(いずみ歌舞伎保存会会員・大阪市立大学大学院文学研究科都市文化研究センター研究員)1985年生まれ。1998年、泉公会堂『白浪五人男』の日本駄右衛門で初舞台。2009年、筑波大学第二学群日本語・日本文化学類卒業。2012年、筑波大学大学院人文社会科学研究科国際地域研究専攻修了。修士(国際学)。現在の研究テーマは、傍流のかぶき芝居(村芝居、学生歌舞伎、小芝居、市川少女歌舞伎など)、日本におけるモダン・パジェントの受容と展開。
2017年2月2日木曜日
芸能文化研究会第七回研究会
来聴歓迎いたします。事前に以下のアドレスまでメールをいただけると幸いです。
geinoubunka〇gmail.com(〇を@に変えてください)
日時:2017年2月25日(土)14時~
会場:早稲田大学人間総合研究センター分室(27-8号館) 高田牧舎2階(新宿区戸塚町1-101)

2016年10月4日火曜日
芸能文化研究会第六回研究会
来聴歓迎いたします。事前に以下のアドレスまでメールをいただけると幸いです。
geinoubunka〇gmail.com(〇を@に変えてください)
日時:2016年10月29日(土)14時~
会場:早稲田大学人間総合研究センター分室(27-8号館) 高田牧舎2階 (新宿区戸塚町1-101)
舘野太朗
「大劇場時代の市川少女歌舞伎」
《要旨》
市川少女歌舞伎は、太平洋戦争後に愛知県豊川市で結成された、少女だけで歌舞伎を演じる劇団である。同劇団は、1953年2月の三越劇場出演をきっかけに、東京の明治座、東横ホール、名古屋の御園座、京都の南座、大阪の四ツ橋文楽座、中座など、東西の大劇場に次々と進出を果たした。1962年に商業公演から撤退するまでのおよそ10年にわたって、少女(しかも地方出身の!)の演じる歌舞伎が、あらゆるジャンルの商業演劇に伍して大劇場で上演されていたのだ。一般的に歌舞伎は「男性の/大人の/家柄の俳優」によって演じられるものと考えられているが、市川少女歌舞伎はそれとは正反対の属性を持つ「女性の/子どもの/家柄でない俳優」によって演じられていたという点で特筆に値する。
近年の演劇研究においては、「女役者」や「少女歌劇」などの女性の演じる演劇に注目が集まりつつあるが、市川少女歌舞伎に関しては研究対象として未開拓の部分が多い。少女歌劇と歌舞伎の関係に着目した画期的な論集である吉田弥生編著『歌舞伎と宝塚歌劇――相反する、密なる百年』(2014年、開成出版)では、同じく少女の演じる歌舞伎であった宝塚義太夫歌舞伎研究会が取り上げられていたが、残念ながら市川少女歌舞伎への言及は無かった。また、神山彰編『忘れられた演劇』(2014年、森話社)所収の藤井康生「演劇は忘れられる運命にある──戦後の演劇と劇場の変遷」では市川少女歌舞伎に関する記述があるが、同時代の観客の思い出に止まっている。学術的な論考としては、ローレン・エデルソン『ダンジュウロウズ・ガール』(Edelson, Loren. Danjuro’s Girls: Women on the Kabuki Stage. New York: Palgrave Macmillan, 2009)が現時点では唯一となっている。
本報告では、まず、劇団員自身によって書かれた、市川升十郎『かぶき人生』(1983年、豊文堂)、市川梅香『まつば牡丹の記』(1993年、毎日新聞連載)、劇団員へのインタビューを中心に構成された黒川光弘『まぼろしの少女歌舞伎』(1984年、中日新聞連載)の記述を参照して劇団の概要を確認する。さらに、報告者の作成した市川少女歌舞伎上演年表を用いて、大劇場で上演された演目の傾向と変遷について考察を述べる。本報告を歌舞伎における、男性と女性、大人と子ども、都市と地方の関係を考えるきっかけとしたい。日本近代演劇デジタル・オーラル・ヒストリー・アーカイヴ(http://oraltheatrehistory.org/)で、報告者が取材者として関わった、劇団員の市川梅香、市川福升の聞き書きを公開している。事前に参照されたい。
高久舞(國學院大學研究開発推進機構研究開発推進センター客員研究員)
「池田彌三郎を考える ―池田彌三郎の研究史―」
《要旨》
本発表では、民俗芸能研究者としての池田彌三郎の業績を確認した上で、池田の「芸能伝承論」を再考することを目的とする。
大正3年(1914)、銀座の老舗天ぷら屋「天金」の次男として生まれた池田は、昭和6年(1931)、慶應義塾大学経済学部予科に入学するが、3年後に文学部国文科に転科して折口信夫を師事する。昭和12年(1937)に文学部国文科を卒業し、戦後、慶応大学文学部講師、助教を経て教授に就任した。
池田が折口民俗学を継承し論を展開していたことは自明のことであるが、言い換えれば、折口民俗学の解説者でもあった。その上で、独自の芸能伝承論を展開させようという意図もうかがえる。池田は『芸能と民俗学』(岩崎美術社、昭和47年)の中で、「わたしの芸能伝承論は、単なる行動、動作と芸術とのあいだに芸能をおき、どういう条件が、あるいはどういう制約が、芸能をその位置にとどまらしめているのかをみようとするところから出発した」と述べている。芸能とはなにか、芸術とはなにか、民俗芸能とはなにかを、池田彌三郎の研究史を踏まえて今一度考えてみたい。
《参考文献》
『池田彌三郎著作集』(全10巻、角川書店、1979〜1980年)ほか
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