2015年12月9日水曜日

神奈川新聞の取材を受けました

いずみ歌舞伎の活動について神奈川新聞の取材を受けました。
2015年10月30日の朝刊に掲載されたほか、インターネットでも記事が公開されています。下記のリンクから記事に飛べます。

地域根ざす舞台へ「いずみ歌舞伎」20回目

郷土芸能ストリームにでました

2012年6月13日に郷土芸能STREAMというネット放送に出てきました。
録画もあります。

↓
第011回「ゆとり世代ならぬ地芝居世代が案内する平成地芝居事情」
プレゼンター:舘野太郎(地芝居ポータル) 
コーディネーター:西嶋一泰(民俗芸能STREAM代表)
内容: 
 
数ある郷土芸能のジャンルのなかでもメジャーな地芝居。
平成に入ってからは、全国各地で復活が相次いだり、
子ども歌舞伎などの新たな試みや、地芝居団体同士の交流も盛んです。

 昨年は地芝居が登場する映画が複数本公開され、
地芝居ブームはいま最盛期にあるといってもいいのではないでしょうか!

 そんな平成地芝居事情を、子ども歌舞伎出身の新世代地芝居研究者が案内いたします。
 テレビや新聞で紹介されることは少ないのですが、
東京から日帰りできる距離の関東近郊でもたくさんの地芝居を見ることができます。
今回は昨年神奈川県下で行われた地芝居を中心に、
どんな場所で、どんな演目が演じられているのかをおみせします。
 さらにこれから地芝居を観にいこうという方にお役立ち情報を紹介します。 

2015年12月9日ustreamリンク切れの為、youtubeへのリンクに修正しました。


2015年10月15日木曜日

中村少女歌舞伎について

中村少女歌舞伎は長野県岸野村(現佐久市)で結成された劇団。
1954年に浅草松竹演芸場で公演を行っている。

津屋三郎「小学生ばかりの劇団中村少女歌舞伎楽屋訪問記」(『主婦と生活』1954年3月号)によると…

  • 1944年1月に岸野劇場で行われた地芝居に出演し、四幕を披露。
  • 上山田温泉の旅館が藝者たちに芝居をやらせるためにつくった衣装とかつらを借りる。
  • 地元有力者が後援会を結成。村長、教育委員、信越放送社長らが名を連ねる。
  • 師匠は女役者の中村千鶴。中村新玉の弟子で、「五十五六と見えるかっぷくのいいご婦人」。
  • 座員は、中村ゆき子(四年生)、中村千づる(六年生)、中村テル子(三年生)、市川京子(四年生)、中村タカ子(四年生)、中村松江(四年生)、中村幸子(四年生)。全員小学生。
  • 竹本は竹本津賀子、豊竹豊司。
  • レパートリーは、『熊谷陣屋』、『二十四孝』、『太閤記十段目』、『鎌倉三代記』、『阿波鳴戸』、『奥州安達ヶ原』、『源平布引』、『菅原伝授』、『車引』、『忠臣蔵七段目』、『刈萱』等々。
  • 東京公演は松竹演芸場の支配人が評判を聞きつけて、信州まで見物に行って、交渉が成立して実現。
※記事には市川少女歌舞伎への言及は一切ない。

2015年10月7日水曜日

2015年度日本演劇学会研究集会

日本演劇学会、秋の研究集会で発表します。

2015年度 日本演劇学会 研究集会
◆テーマ:古典劇の現代上演
◆日程(詳細)
 2015年10月24日(土) 10:30~17:40
 懇親会 18:00~20:00
 10月25日(日)10:00~17:10
◆会場
 法政大学市ヶ谷キャンパス富士見坂校舎 ボアソナードタワー25階・26階

詳細はこちら

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古典劇の研究と実演 ―学生歌舞伎を事例として―

【発表要旨】
 学生による歌舞伎の実演(学生歌舞伎)は、坪内逍遥が早稲田大学の学生と『地震加藤』を上演した事例があるが、太平洋戦争後に東京都内の各大学で盛んに行われるようになる。三島由紀夫は、1952年の短編『学生歌舞伎気質』で、歌舞伎を演じる学生たちの姿を新制大学の象徴として描いている。1957年には、松竹が学生歌舞伎から「学士俳優」を採用して、彼らを関西歌舞伎へ送り込んだ。当時の評論家は学生歌舞伎には否定的で、例えば戸板康二はたびたび批判してきた。学生の間でも、実演を行う大学と「観劇専門」を貫く大学とで、たびたび論争が交わされてきた。実演派の学生たちは「研究」を実演の大義名分に掲げて論陣を張ってきたが、実演の是非をめぐる論争は1967年を最後に見られなくなる。それは、歌舞伎の文化財指定、国立劇場の開場と同時期であった。
 現在、古典藝能の研究者が実演の稽古をするのは音楽や能楽の方面では珍しくないが、歌舞伎研究においては稀であろう。そのなかで、学生歌舞伎は正課の教育研究活動ではないものの、研究を志向する者による実演として注目に値する活動である。本発表では、学生歌舞伎の是非をめぐる論争を軸に、歌舞伎の研究と実演をめぐる問題を考察する。学生歌舞伎のほとんどは東京都内で上演されてきたが、宮城教育大学の「垣内座」、南山大学の「南山大学歌舞伎」といった地方のユニークな活動も可能な限り紹介したい。

2015年9月1日火曜日

2015年学生歌舞伎上演スケジュール

今年度の学生歌舞伎の上演スケジュールをまとめました。
詳細な情報はリンク先を参照してください。

11月1日(日)
日本大学藝術学部歌舞伎・舞踊研究会
『恋飛脚大和往来』「新口村の場」
日本大学芸術学部江古田校舎北棟中ホール

11月22日(日)
慶應義塾大学歌舞伎研究会
『籠釣瓶花街酔醒』「縁切り」「殺しの場」
慶應義塾大学三田キャンパス

12月19日(土)
明治大学歌舞伎研究会
『白浪五人男』「浜松屋の場」
明治大学猿楽町校舎

2015年8月23日日曜日

芸能文化研究会第三回研究会

芸能文化研究会第三回研究会のお知らせです。
これで、立ち上げメンバー6人の発表が一巡します。

芸能文化研究会のブログはこちら。

日時:9月12日(土) 14時~
場所:成城大学3号館7階ラウンジ
   (東京都世田谷区成城6-1-20)
発表者:伊藤純(早稲田大学人間総合研究センター招聘研究員)・田村明子(成城大学大学院)

























【要旨】
伊藤純(早稲田大学人間総合研究センター招聘研究員)
「民俗芸能の文化資源化と自律的伝承―三宅島の牛頭天王祭の太鼓を事例にして―」
 伊豆諸島の一つ三宅島。島には「神着木遣太鼓」という芸能が伝えられている。和太鼓に興味がある人ならば、三宅島と太鼓というワードで、佐渡を拠点とし世界に活動を広げる太鼓集団・鼓童の「三宅」という演目を想起する人も多いだろう。単純化すれば、三宅島の民俗的身体文化の一つであった牛頭天王祭の「太鼓」を素材として、鼓童が舞台芸術化して創出されたものが「三宅」という演目といえる。そして、現在では鼓童のみならず国内外で広く叩かれる和太鼓の代表的な演目の一つになっている。
 祭の構成要素の一つにすぎなかった「太鼓」とその技術は、島内では文化財指定を機に命名された「神着木遣太鼓」として定着し、島外では「三宅」として人々の手に広がっている。こうした文化資源化の過程で、さまざまな位相の芸能のネットワークが構築され、現在の祭に少なからず影響を与えている。本発表では、昭和45年の保存会発足以来、「神着木遣太鼓」の名手として知られるメンバーの語りをもとに、およそ50年のテンノウサマの変化をみる。我彼の関わりのなかで生じた舞台化への抵抗感、技術の巧拙、地域社会への新たな芸能のネットワークの受け入れ、祭での振る舞い、人口流出など当事者が当たり前に抱える課題への葛藤と克服のなかから、祭と民俗芸能がどのように自律性を担保しているかに注目して考察する。

田村明子(成城大学大学院)
「神楽の伝え方と見せ方―稽古の在り方を通して―」
 民俗芸能は稽古によって継承が行われる。この稽古の場や方法は、各々の民俗芸能や地域によって異なり、伝承上では相関関係が認められる民俗芸能であっても、双方の稽古の在り様まで同じであるとは限らない。このような稽古の相違は、民俗芸能の奉納や上演に多かれ少なかれ影響を与えると考えられる。あるいは逆に、奉納や上演の在り様がそれぞれの稽古を形作っているとも考えられる。
 本発表では、現在も関東で伝承される採物神楽のいくつかを対象とし、その稽古の在り方に着目する。埼玉県には、いくつかの著名な採物神楽が伝承されている。それぞれが神社に所属し、基本的には神社の例祭で奉納される。鷲宮神社で伝承される土師一流催馬楽神楽は、神楽殿と参集所の二か所で稽古が行われる。それぞれの場所で行われる稽古の参加者は異なっており、稽古の方法にも差異がある。参加者の差異は催馬楽神楽の歴史、また教育機関や自治体などの外部組織との関係に由来しており、そしてこの差異が、それぞれの稽古の方法にも違いを生じさせている。一方、東京都内に拠点を置く採物神楽は、埼玉県内の神楽とは様相を異にしている。新宿を拠点として、都内の複数の神社で神楽奉納を行っている萩原彦太郎社中は、区営の市民センターや神楽師の自宅で稽古を行う。これは、萩原彦太郎社中が特定の神社に所属する神楽師集団ではないためである。
 催馬楽神楽や埼玉県内のいくつかの神楽は、それぞれ独立して稽古を行っているが、萩原彦太郎社中は神楽師集団である若山社中から招いた神楽師を師匠とし、全員が一人の師から教わるという形式での稽古を行っている。このような形式は、萩原彦太郎社中と若山社中が、集団としては兄弟的な関係にあたること、また奉納にあたっては互いに連携を取り合っているという事情とも関わっている。必然的に、萩原彦太郎社中と若山社中の神楽には共通点が生まれる。他方、催馬楽神楽を始めとする埼玉県内の神楽保存会は、交流は皆無に等しい。それぞれの神楽保存会が独立していると言うことができる。
 本発表では、各神楽の稽古を通して、神楽あるいは担い手である神楽師が何を伝え、何を見せようとしているのかについて検討を行う。これによって、現代社会における神楽の継承の在り方が見えてくるものと考えられる。